SOHKO RENOVATION MAGAZINE

COLUMN

コラム

本当のブルックリンを知っていますか?(1)-都市活動を支える、生きた工業地帯としてのブルックリン

諸隈紅花(日建設計総合研究所主任研究員)

日本の人にはあまり知られていない、生きた工業地帯としてのブルックリンの一面を2回にわけて紹介します。都市における工業地帯は縮退の一途をたどっていますが、世界の大都市ニューヨークにおいてでさえも、大きな音や臭いを出してものを作る場所が無くなることで、小規模な都市型製造業の活動の場が無くなり、都市活動に支障をきたしうる危機的な事態が起きました。タワーマンションが近くにそびえる芝浦地区を訪れた時に、ブルックリンと同様の事態が起きているのではないかと思い、まずは工業都市としてのブルックリンの歴史や変容について簡単に説明したいと思います。

   写真1 ウィリアムズバーグ地区の倉庫をリノベーションした高級住宅(左)とタワーマンション(右)

          写真2 Bushwick地区の現役の工場地帯

日本でよく知られているブルックリンは、比較的マンハッタンへのアクセスが良いWilliamsburg地区、DUMBO等といった一部の地区を指すことが多く、古い倉庫や工場等を再生したおしゃれな飲食店、ナイトスポット、スタートアップのオフィス等が集積し、マンハッタンやウオーターフロントの眺めがよい新築のタワーマンションも増え、個性ある都市再生事例としても世界的にも注目を集めています。(写真1)

ブルックリンは18世紀以降米国有数の工業都市として知られていました。ウオーターフロントには舟運の関係から工場地帯が形成され、その内陸側に労働者である移民の住宅が開発され、毎日家から歩いて通勤するというwalk to workという生活形態が営まれていた場所でした。

しかし、1960年代以降の脱工業化によりウオーターフロント地区から大規模工場が市外に転出する事態が起こりました。そこで、1990年代頃から市の都市計画課が中心となり、「遊休化した」工業地帯を再生するという目的で、土地利用を工業主体から商業や住宅等の「賑わい」を形成するために用途変更をする動きが起こりました。

ところが土地利用の実態を詳しく見ると、ブルックリンの工業地帯は必ずしも全てが「遊休化」していなかったのです。例えば、WilliamsburgやGreenpoint地区の古い工場の建物には、小規模な都市型の製造業者が場所を借りて操業をしています。確かに建物は古いですが空き家ではありません(写真2)。小規模製造業者は、マンハッタンから住宅開発の波が押し寄せ、より高く土地や建物を賃貸或いは売却したいと思う建物の所有者たちによって追い出されるようになりました。私が話を聞いた家具職人兼アーティストからは、突然家賃が10倍に値上げされたり、壊れた暖房装置を修理してもらえなかったり等の嫌がらせにあい、転出せざるを得ないという事態があったそうです。また、以前はマンハッタンの南のトライベッカ地区のロフトという倉庫の建物で操業していたのが、やがてロフト住宅という不動産が人気になると、大家に追い出され、同じような建物があるブルックリンに移転してきた、という話もよく聞きました。ニューヨークの都市型製造業の特徴は、工場のラインで大量生産して、市外や国外に輸出するのではなく、少量多品種のものを生産し、主にはNY市内の消費やサービス活動を支えており、顧客や市場との近接性が重要です。例えば市内に数多あるブランド店や百貨店等のウィンドウディスプレイを製造する製造業者は、作成したサンプル等をいち早くマンハッタンのクライアントに見せる必要があり、修正依頼にもすぐに対応する必要があり、マンハッタンの近くにいることが重要なのです。

このような事態を受けて1990年代後半頃に、ニューヨーク市内では製造業者の業界団体や労働組合等によってNew York City Industrial Retention Network (NYIRN)というNPOが組織され、製造業者が活動する場所を維持するために、市内の製造業者の実態調査や製造業者のための場を維持・再整備するための普及啓発活動を始めました。NYIRNは市の都市計画課が推進するGreenpoint/Williamsburg地区の土地利用変更(工業から住宅・商業へ)に反対を表明したり、第2弾で紹介するBrooklyn Navy Yardのような都市型製造業の場の整備への支援等を訴えたりしてきました。

         写真3 Bushwick地区で活動する木工職人

          写真4 East Williamsburg地区で活動する展示工事業者

         写真5 マンハッタンのレストラン等に食器類を作っている工房(Sunset Park地区)

今でもブルックリンの内陸のBushwick地区や南部のSunset Park地区等には生きた工業地帯があり、その中では小規模な製造業者が様々な活動を行っています(写真3,4,5)。但し、家賃が高いニューヨーク市では常にこのようなエリアへの住宅需要の波が押し寄せ、後から来た住民に「臭いがする」「騒音がうるさい」「大型トラックがいて危ない」等の苦情が寄せられ、操業の場の安定が脅かされるという不安もつきまとっています。
次回は、このような都市型製造業の維持のために特別に整備された場の一つであるBrooklyn Navy Yardについて紹介します。

注:本稿は筆者が2015年~2018年頃に現地調査や関係者へのインタビュー等をもとに研究・執筆した博士論文の「大都市縁辺部の工業地帯における用途継承による歴史的工業建築保全の研究」に基づいています。

※特記なき限り、写真はすべて筆者の撮影です。

【プロフィール】
諸隈紅花(日建設計総合研究所主任研究員):
博士(工学)。コロンビア大学建築大学院で歴史的環境保全の修士号を取得後、NYの建築・都市計画のシンクタンクに勤務。帰国後は、日建設計や同総合研究所にて、日本やアジアの都市で歴史的資源を活かしたまちづくりに関する業務や研究に従事。近年、日建設計の有志とともにイノベーションと場の研究を行う「イノベーションとともにある都市研究会」を立上げ、国内外のスタートアップエコシステムの実態調査を行い、情報発信やコンサルティング業務を行っている。

「イノベーションとともにある都市」研究会
https://www.nikken-ri.com/services/activities/innovation/index.html