CASE STUDY
事例
美は宿る。なにものにも。
Gallery, Multi space, Shop & Cafe
大切なものを保管するために建てられた倉庫は、建物のなかではかなり道具的、といっていいのではないだろうか。2014年の発刊以来、心を動かされるような工芸=人の手でつくりだされた日常の道具に宿る美を探求し紹介してきた「工芸青花」。その活動を拡げることを目的として開設されたのが、「新潮社soko」だ。
東京・神楽坂にある新潮社の本社のすぐ隣に立つ「新潮社soko」は、タイルの光沢が美しい5階建て。1959年に新刊書籍を保管する倉庫として建てられ、約2500㎡に最大500万冊を収めていたという。出版業界はその後も拡大が続き、やがて収まりきれなくなった書籍たちが郊外の新しい倉庫へ移っていくと、一部が出荷管理などに使われるようになった他は倉庫としての役目をいったん終える。それから約30年後、この建物に転機をもたらしたのが、青花の会の活動だ。
青花の会は、その起点を「工芸的心性の探求と紹介」に置く。日常で使われていた道具たちに美を見出し、「工芸青花」の誌上や展覧会などで紹介してきた。その新たな活動の場として倉庫を選んだのは、青花の会代表で「工芸青花」編集長の菅野康晴氏だ。
社屋の隣に立つ空き倉庫は、新潮社の社員としては見慣れたもの。しかし美術書の編集を手掛けてきた菅野氏にとっては、見過ごすことのできないものでもあった。
「ここをそのまま生かすのではなく、建替えたほうがいいのでは、という意見もあったそうです。でもすてきな建物ですし、なにより長年使われていなかった倉庫というのは、青花の活動の場にふさわしいのではないかと考えたのです」

四角四面の端正な5階建の建物は、整然と並ぶ控えめな縦長の窓とも相まって倉庫らしい生真面目さを感じさせるが、堅苦しさはない。光沢のあるブルーグレイの外壁タイルは光の加減によってさまざまな色を帯び、表情を変えていく。建物全体を見回そうと歩道に場所を移すと、隣の新潮社本館と向かいの新潮社別館とのデザインの統一性に気付く。建物の高さをそろえてお揃いのタイルをまとい、コーニス(装飾庇)をかぶった3棟のさまは、愛らしささえ感じさせる。

リノベーションを手掛けたのは建築家の中村好文氏。2024年に先行オープンした1階と3階に続き、2026年3月に2階をオープンさせた。
入り口上部になびく本染のフラッグの下を通って中に入ると、1階はエントランスや青花の会の編集部、談話室などとなっている。
建物内で目を引くのが梁と柱で、その力強さはここがあらためて倉庫であることを思い起こさせる。コンクリート打ち放しの表面は築年数の経過を感じさせないないほどなめらかで、バラ板打ちの木目が美しく残っている。梁も柱も角が丁寧に面取りされており、高い技術を持った職人が作業に当たったことがうかがい知れる。

2階は一転して、倉庫の中であること感じさせないリビングのような雰囲気。中央の空間を囲んで7つのギャラリーが入居しており、いずれも青花の会に賛同する人たちが運営している。
3階は、青花の会が運営するギャラリー「青花室」と「坂田室」、多目的スペースからなる。リノベーションは最小限に抑え、壁も床も天井も、倉庫のままのコンクリートのあらわしとした。「青花室」では美術や骨董などを中心とした展覧会、多目的スペースではさまざま講演やイベントなどが開催されており、青花の会の活動の中心となる場といえる。一方の「坂田室」は、青花の会の活動理念の一端を知ることができる場ではないだろうか。

「坂田室」に名を遺すのは、「古道具坂田」の店主をつとめた故・坂田和實。骨董とも古美術とも異なる「古道具」という考えを提唱し広めた人である。手しごとで生まれた道具や建具、布、食器などの生活の品のなかに美を見出し、これを古道具として世に出す。使えるか否か、歴史的価値があるか否かではなく、ただ美しいか否かという一点のみで判断する。その坂田和實が集めた工芸品を展示しているのが「坂田室」だ。

菅野氏は語る。「私たちの『工芸的心性』というのは、坂田和實のいう『古道具における美』に通じます。彼がいなければ、青花の会もなかったかも知れません」
この倉庫もまた、ひとつの古道具といえるのかもしれない。
新潮社soko
東京都新宿区矢来町71
https://www.shinchosha.co.jp/special/soko/
取材・文:久保純一(イーソーコ総合研究所)
公開:2026年6月24日
※掲載内容は取材当時のものであり、現在とは異なる場合があります。