COLUMN
コラム
本当のブルックリンを知っていますか?(2)-NY市の都市型製造業の象徴としてのBrooklyn Navy Yard
諸隈紅花(日建設計総合研究所主任研究員)
第2回目はBrooklyn Navy Yard(BNY)の再生を紹介します。BNYはその名の通り、NY市ブルックリン区のイーストリバー沿いの敷地に19世紀初頭に整備された米国海軍の造船所でした。現在は市の工業団地になっています(写真1)。その面積は約121ha(300エーカー)で、NY市においては、極めて広大なひとまとまりの敷地となっています。イーストリバーに面しているため、向こう岸のマンハッタンの景色が良く見えます。一般的に、このようなウオーターフロントで、マンハッタンへの距離が遠くない場所に広大な敷地があると、住宅利用や商業利用が進みそうなものですが、様々な経緯からこの場所は市の工業団地となり、歴史的な工場や倉庫の建物を保全しているだけでなく、元の用途である工業用途をも実質的に維持しています。従って住宅や店舗等に転用されたロフトや倉庫とは違った、工業地帯特有の雰囲気があるのも珍しいと言えます。

写真1 BNYの入口に掲げられた看板。向かって右の「我々は昔は船を作っていたが、今はビジネスを作っている」という看板が造船所から工業団地への転換をアピールしています。
工業団地とはいっても大量生産のものを製造する工場があるわけではなく、大きな倉庫や工場の中を区切って貸し出しており、木工の製造所、クラフトウィスキーの蒸留所(写真2)、チョコレート工場、宇宙用の手袋のメーカー(写真3)、アーティストのスタジオ等、「手を使ってモノを作る仕事」の場として、多種多様で少量生産のものを作る都市型製造業者が集積しています。現在では、550の事業者、13,000人が働いています。コロナ禍では、世界的に物流網が停滞する中で、BNYのテナントが協力してマスクを作ったり、ウィスキー醸造業者が消毒用のアルコールを作ったりと、都市の中にモノを作る場があったからこそ緊急事態時の必需品の製造と流通が可能となりました。最近はモノ作り型のスタートアップの活動支援の場としてNew Labができる等、新産業創出の場としての役割も担っています。

写真2 BNY内のKings County Distilleryというウィスキーの蒸留所

写真3 宇宙飛行士用の手袋を作る会社の実験装置
近年では色々と話題になっているBNYですが、市が1969年に国から同造船所を購入して以来、現在のように再生されるまでには長い時間がかかりました。ブルックリンは労働者が多く住む土地柄でもあり、市は購入当初からBNYを製造業の場として残すことにしました。一方で、脱工業化の時代にあってBNY内の大型の建物を借りる事業者も減り、NY市からも予算がつかないために再開発はなかなか進まず、19世紀から第二次世界大戦以前に建てられた様々な歴史的な倉庫、工場、船を建設・修理するドック(写真4)等がそのまま残されました。1980年代後半に、大きな製造業のテナントを失ったことから、運営者であるBrooklyn Navy Yard Development Corporation (BNYDC)はリーシング戦略の変更を余儀なくされました。市内には大規模な製造業はいないものの、木工や印刷業のような小規模な製造業者が、手頃な家賃で借りられる場を求めて小売業とスペースを争っていました。マンハッタンのトライベッカ等にもロフトと言われる建物があり、小規模製造業者たちが借りていたものの、商業開発の波が押し寄せて次第に賃料が高くなると、彼らは川を渡りブルックリンに移動します。BNYDCは造船所時代の大型の建物のスペースを区切り、これらの都市型製造業者に貸し出したことで、空きスペースを埋めて賃料収入を増やすことに成功しました。脱工業化の時代でもあったため、市はBNYにあまり積極的に予算を配分しない時代が続きましたが、1994年以降のジュリアーニ政権の頃からBNYへの予算が増え、老朽化したインフラ改修等がなされた結果、1998年には当時貸出可能だったBNYのスペースの稼働率を100%にすることに成功しました。近年は官民連携でDock 72(写真5)のような新築の建物の整備や、戦時中に建てられたRC造の大型の倉庫のBuilding 77(写真6)の改修も進み、製造業用に貸し出すスペースも増えています。一方で、BNYDCに常に多くの予算があったわけではないため、テナントが改修費用を負担する代わりに賃料を下げる取り決めをしたり、歴史的な工場や倉庫の改修に国や州の歴史的建造物の改修の補助金を使ったり、雇用創出のための国の補助金を活用したり等、古い建物の更新を行うために様々な創造的な取組みを行うという、様々な努力がありました。

写真4 NY市の指定文化財であるランドマークになっているドライドック。今でも船の修理に使われています。

写真5 Dock 72

写真6 Building 77
基本的にBNYは製造業の場なので、一般の人が入ることはできません。一方で、BNYの歴史やNY市の製造業の現状を伝えるための展示や構内のツアー等も行われています。BNYの周辺は飲食店もあまりないこともあり、Building 77の1階にNY市内の老舗のベーグル店等が入るフードコートもあり、一般の人との接点となる場も整備されています。
BNYは地下鉄の駅から遠かったり、敷地が広大なこともあったりで、なかなか観光地としては行きにくい場所ですが、生きている歴史的な工場に触れ、ブルックリンの知られざる一面を知る絶好の場と言えるでしょう。
注:本稿は筆者が執筆した下記の論文に基づきます。
諸隈紅花, 窪田亜矢 (2016), 「ニューヨーク市ブルックリン・ネイビーヤードの再生手法に関する研究-大都市周縁部の歴史的空間における製造業の維持の実現」,日本都市計画学会 都市計画論文集,Vol.51 No.3, pp.1189-1196
※特記なき限り、写真はすべて筆者の撮影です。
【プロフィール】
諸隈紅花(日建設計総合研究所主任研究員):
博士(工学)。コロンビア大学建築大学院で歴史的環境保全の修士号を取得後、NYの建築・都市計画のシンクタンクに勤務。帰国後は、日建設計や同総合研究所にて、日本やアジアの都市で歴史的資源を活かしたまちづくりに関する業務や研究に従事。近年、日建設計の有志とともにイノベーションと場の研究を行う「イノベーションとともにある都市研究会」を立上げ、国内外のスタートアップエコシステムの実態調査を行い、情報発信やコンサルティング業務を行っている。
「イノベーションとともにある都市」研究会
https://www.nikken-ri.com/services/activities/innovation/index.html