SOHKO RENOVATION MAGAZINE

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コラム

アダプティブ・リユースによる不動産ストック活用の時代へ

似内志朗(ファシリティデザインラボ代表)

 2026年6月、JFMA(公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会、米倉誠一郎会長)は、「3,000兆円不動産ストック その活用へ向けた提案 2026」と題する提言を発表した。本提言は、戦後の高度経済成長期から続くスクラップ&ビルドを中心とした都市・施設整備の手法を見直し、「既存ストックの徹底活用」への方針転換を提唱するものである。日本の不動産ストック(土地含む)は約3,000兆円にのぼり、金融資産に次ぐ国家資産となっている。最新の調査によれば、全国の民間建築物の平均寿命は約70年に達しており、適切な維持管理を行えばさらなる長寿命化が見込める。しかし現状では、「物理的な耐用年数」と税務・財務上の「法定耐用年数」が混同され、後者を超過したことを理由に取り壊される事例が存在する。また、建設資材の高騰や人手不足により、多額の投資を伴う改築計画が見直しを迫られているほか、解体・新築に伴う廃棄物やCO2排出など環境負荷への対応も課題となっている。こうした背景から、JFMAは建物の長寿命化と「ライフサイクル重視」の観点を業界全体に定着させることを提案し、その具体策として、既存建物の構造躯体等を活かしながら、建築物の更新や用途転換を図る「アダプティブ・リユース(適応再利用)」の積極的導入を挙げている。

 役割を終えた建築物を新たなニーズに適合させるアダプティブ・リユースは、環境、経済、文化の3つの側面から合理性を持つ。

 第一の価値は、脱炭素社会の実現に向けた「環境面」の合理性である。建物の期待耐用年数が延びる中、既存の構造体を利活用して新規建設に伴うエネルギー消費と廃棄物を抑制することは、環境負荷低減に直結する。解体や新築を避けることで、建材の製造・輸送や建設・解体時に発生する「エンボディドカーボン(CO2排出量)」を削減できる。シドニーの高層ビル「クエイ・クォーター・タワー」の事例では、1976年竣工の建物の構造体を約65%再利用し、既存コアを維持しながら延床面積を倍増させることで、新築と比較して約12,000トンのエンボディドカーボン削減を達成した。(画像1)国内においても、竹中工務店による「大阪避雷針工業 神戸営業所」のプロジェクトでは、既存の躯体と外装を活かすサーキュラーデザインを採用し、新築比で約70%のCO2削減率を実現している。(画像2)

画像1 クエイ・クォーター・タワー 鳥瞰・外観・Before&After

 第二の価値は、事業性を維持・向上させる「経済面」の合理性である。建設費の高騰や人手不足により、容積率緩和による増床収益を前提とした従来型の開発モデルは採算確保が困難になっている。既存資産を基盤とするアダプティブ・リユースは、既存躯体の活用によって建設費を削減し、建設工期を短縮する効果が見込める。前述の「クエイ・クォーター・タワー」では、当時の換算で約130億円の建設費節約と約12ヶ月の工期短縮を両立させた。また、「五反田JPビルディング」の開発では、築40年超の既存地下躯体を再利用した結果、撤去・再構築に伴う費用と期間が抑制された。加えて、新旧構造の接続のために採用された「斜め柱」が建物の象徴的なデザインとなる等、ストックの活用は投資対効果を高める手法として機能する。 (画像3)

画像2 大阪避雷針工業 神戸営業所

 第三の価値は、都市のアイデンティティを形成する「文化面」の継続性である。スクラップ&ビルドによる都市の更新は、地域の文脈を断絶させ、場所の固有性を失わせる側面がある。アダプティブ・リユースは、躯体の傷や素材の経年変化といった「時間の堆積」を時間資産として空間に残す。建築史家の加藤耕一氏が指摘するように、長い建築史において既存建築の改編と再利用は標準的な手法であった。既存建築物を資源として捉え直し、現代のアクティビティを導入することで、土地の歴史や文化を次世代へ継承することが期待される。さらに「クエイ・クォーター・タワー」や「大阪避雷針工業 神戸営業所」プロジェクトで見られるように、よく考えられた適切で創造的な手が入ることにより、経済の成長期に大量につくられた凡庸な建築が、機能的で魅力的な建築空間へ生まれ変わることが期待される。

画像3 五反田JPビルディング

 これら三つの価値を統合し、実効性を担保するために不可欠なのが、戦略的ファシリティマネジメント(FM)の視点である。建物の外形という「器」から発想するのではなく、そこで営まれるべき活動や利用者のニーズを起点として、内側から空間を再定義していく「インサイドアウト」の視点が、アダプティブ・リユースのベースにある。そして、FMの役割はライフサイクル全般を通じて、建物が社会の変化に柔軟に適応し続けられるよう、継続的な機能変化に対応した再編・更新をマネジメントすることにある。またサステナビリティの視点からは、資源とエネルギーの投入を最小化しつつ、人々のウェルビーイングを最大化する建築の在り方は、サーキュラー・エコノミー(循環経済)の実践そのものである。アダプティブ・リユースは、先人から受け継いだストックをアップデートし、次世代へ引き継ぐための本筋といえる。時代の転換点をポジティブに捉え、経済・環境・文化の観点から、ストックが持つ可能性を探求していくことが求められている。

公開:2026年9月2日

【プロフィール】
似内志朗(ファシリティデザインラボ代表)
1984 年早稲田大学建築学科卒業、1990 年ロンドン大学バートレット建築校大学院修了、1984-2019 郵政省・日本郵政にて建築設計・ファシリティマネジメント・事業開発・不動産開発(JPタワー等開発統括)。2019-2023 ヴォンエルフ シニアアドバイザー、21世紀金融行動原則環境不動産WG共同座長/現在、ファシリティデザインラボ代表、筑波大学客員教授・東洋大学非常勤講。公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会 理事・フェロー・調査研究委員長。株式会社イトーキ社外取締役、日本酒場遺産学会主宰/一級建築士、認定ファシリティマネジャー、WELL AP