COLUMN
コラム
モダニズム倉庫の波止場を巡る 神戸編(2)街中に佇む港の記憶を求めて
安川千秋(写真家)
横浜で生まれ育った私は、同じような歴史を生きてきた神戸に親近感を持っている。異人館、居留地時代の近代建築、チャイナタウンなど、海外文化をいち早く取り入れた街の成り立ちに多くの共通点があり、その中でもいちばん重要なのが港である。横浜より開港が10年ほど遅れたとはいえ日本を代表する一大港湾都市である神戸は、いまでも街のあちらこちらに港の歴史が浸みこんでいる。横浜では残念なことにここ数年の間に歴史的評価の高い倉庫群が次々と壊され、港近くには高層マンションやホテルが建ち、昔のハーバーの面影が薄れてしまった。しかし、ここ神戸の街には、まだかつての港のニオイが確実に漂っている。そんな記憶の場所を歩いた。
中突堤の西側は国内向け貨物専用の集積場で、そのため国産波止場と呼ばれた港であった。コンテナが登場する前である。荷役は、艀(はしけ)という貨物運搬専用に設計された平底の小型船で行われた。艀にはエンジンがついていないのでタグボートで曳船され、沖に停泊する貨物船との間で物資の運搬をする。その労働力は港湾労働者(沖仲仕といわれていた)であり、艀で生活していた家族も多くいたという。その水上生活者たちや港湾関係者のために建てられたのが国産上屋(うわや)である。1968年築の共同住宅で3棟が少し角度を持って連続する景観は美しく、どこか日本離れした趣を感じさせる。建物は1階が上屋や倉庫で、2階に事務所等が入り、3階~5階が住宅になっている。住宅部分はコの字型に配置され、2階屋上の中庭がコミュニティスペースとして使われていた。
時代が変わり、国産上屋は目の前にあった埠頭もその役割を終え再開発で埋め立てられ、1階も上屋や倉庫としてはもう使われていない。そして今は新しいオフィスやアートギャラリーなどが入っている。また周りには港湾関係会社の古い建物も残り、そこもブルースバーやスタジオなどに生まれ変わっている。ブルースバーの階段を上がってみよう、色あせた壁や天井に昭和の湿った空気を感じる。懐かしい写真やポスターが貼られ、かつて港湾ビルだった過去を告白したような設備機器や配管など興味は尽きない。ツルピカの現代建築では絶対に表現できない、経年を経て初めて味わうことができる感触がそこにある。
ふと横浜を思い出す。国産上屋のような建物はあるだろうか。伊勢佐木町裏の吉田町にある防火帯建築群が似ているかもしれない。1階が店舗でその上が住居という共同住宅だ。1階にはカフェやバー、ギャラリーも入って新陳代謝を繰り返している。ただ、形状は似ているが歴史的経緯は全く違うし、港のニオイは感じられない。本牧埠頭の横浜マリンハイツはどうだろう。1975年に日本船員住宅協会が横浜の港湾関係者向けに分譲した共同住宅で、1階がショッピングセンターや飲食店舗が入りその上が住宅だ。棟が並んでいる姿は似ているが、場所が市街地からは外れ文化的土壌には恵まれていない。そう考えると国産上屋1号、2号、3号は日本でもまれに見る貴重な存在ではないかと思う。目の前の埠頭や1階の上屋で働き、仕事が終われば上階の住宅へ帰る。まさに職住一致の港湾労働者住宅で、戦後の近代化遺産ともいえる。もし2001年に出版された名著「メイド・イン・トーキョー」(著者 貝塚桃代 黒田潤三 塚本由晴/鹿島出版会)の関西版があるとすれば必ずや掲載される建築であろう。
さて、もう一度国産上屋の周りを歩いてみよう。目の前のハーバーランドへ行く道路の擁壁に、昭和の国産波止場の写真が掲示してある。見ると港を埋めるような艀の数。そしてどの艀にも港湾労働者が船からこぼれんばかりに乗っているではないか。遠くにはポートタワーも映っている。当時の港の姿と熱気とそして過酷さを今に伝えてくれている。これぞ昭和の港湾の風景ではないか。

国産上屋1号、2号、3号がバランスよく並ぶ。住居部分は面格子を入れ浮いたような明るく軽快な景観を生み出している。上屋とは貨物の荷捌きや積み下ろし、短期間の保管等に使われる建物のこと。

通路に面して隅切りされた2号上屋。表情に変化が生まれている。3~5階が住宅部としてまだ使われている。

国産上屋の2階部分は賃貸オフィス用にオシャレにリノベーションされている。

隣接する篠崎倉庫は3階がブルースバー、階下はボルダリング施設に使われている。

昭和のノスタルジックな空気感に包まれる階段室。天国へ?の階段は長い。このアプローチがビルの歴史を伝えてくれる。

階段踊り場にある昔からの機器類。歴史がオブジェに生まれ変わり今に伝える。

ブルースバーやジャズバーが古い倉庫にはよく似合う。今度ゆっくりと来てみたい。

国産上屋の1号棟の横に建つハーバースタジオ。国産上屋を囲むように古い港湾ビルや倉庫が残る風景は貴重だ。

濃紺のタイルが目にまぶしい住井運輸ビル。国産上屋と並んでレトロな街並みを形成している。

国産上屋前の埠頭で毎日繰り広げられていた港湾荷役風景。艀に乗った港湾労働者の数が半端ではない。
神戸港は戦前から現在まで、数多くの海外からの貨物船が続々と来港してくる。コンテナが導入される前、波止場周辺はまさに戦場のようだったであろうことは想像できる。そんな荷役の手配や輸出入貨物の関税手続きなどの代行業務を、昔は乙種仲立業、通称「乙仲(おつなか)」と呼んでいた。そんな業者が集まってできた界隈が、乙仲通りである。国産上屋の北東側で、歩いても遠くない。そこに昭和モダニズムとも呼ぶべきか、レトロな中小のビルが何棟も並んで建っている。それは乙仲業者の事務所や関連会社のビルである。当時この街には船舶関係や貿易商の外国人も訪れ、専用のカフェやバーも多くあったという。乙仲業者たちは、オシャレな海外のセンスをいち早く建物やインテリアや街のファッションに取り入れたのだろう。通りを表裏と歩くと、様々なスタイルの懐かしい建物に出会うことができる。現在事務所としては使われなくなったビルには今時の古着屋や雑貨店、カフェなどが入り賑わっている。
日本の港町へ行くと、よく港湾関係のモダニズムデザインのビルを目にする。ただ歴史的建造物ともいえないこの手のビルは、現代では消えていく運命にある。また横浜の話で恐縮だが、横浜では多くの名もないけれどカッコいいビルが数多く消えていった。いまや大桟橋の入り口周辺と水町通りに少し残っているくらいではないか。神戸の乙仲通りを歩いて、改めて歴史の大切さを感じた。味のある建物は目先の利益で壊しちゃお終いで、歴史も記憶もすべて消滅してしまう。また古いビルは今やカッコイイ存在となり、新しい感覚で生まれ変わり街を面白くする。神戸には、まだこんなにも魅力的な建築が残っていることに、驚きと羨望を覚えた。この国産上屋周辺や乙仲通りのベイエリアが、ある種独特の港町神戸の個性を生み出しているのではないだろうか。

乙仲通り。ヨーロッパのモダニズム建築のような榮町ビルディングは1925(大正14)年築というからその流行の最先端ぶりが窺える。

小ぶりな建物が並ぶ風景は親しみやすさを街にあたえる。そしていろんな業態が生まれ街にリズムを生む。

レトロなビルが軒を連ねる街角。この雑多な雰囲気が魅力なのだろう。この「気取らなさ」がいい。

独特の風貌をもつKISCO(旧岸本産業本社)ビル。大正末期~昭和初期の建築のようだ。2階から3階へとセットバックしていく横縞の壁面のファサートがユニークだ。まだ事務所ビルとして使われている。

細い裏道沿いも小さな店がいっぱいある。雑貨や古着を扱う店、渋いバーなど歩いて飽きない。

先ほどの榮町ビルディングの中廊下を抜けてみる。そこは昭和へのタイムトンネルだった。
神戸の街で港の記憶といえば、神戸税関やその周りの歴史的建造物(最初の写真は新港貿易会館とコンテナ風景)、またはハーバーランドの煉瓦倉庫や居留地跡に残る数々の近代建築を思い浮かべるだろう。だが今回はそのエリアはガイドブックに任せるとして、“じゃない方”の街を歩いてみた。最後に、兵庫埠頭に近い港湾部にあるアールデコ調の旧加藤海運本社ビルと、明治期に三菱倉庫の前身である東京倉庫兵庫出張所として建てられた赤煉瓦の石川本社ビルに立ち寄って、神戸を後にした。東西に長い神戸の港はそのエリアごとにまだまだ新たな発見があるに違いない。きっとまた、訪れることになるだろう。

石川本社ビル。1905(明治38)年竣工。東京丸の内の煉瓦建築群や旧三菱銀行神戸支店などを手掛けた建築家、曽禰達蔵の設計。この通り沿いのランドマーク的存在だ。

旧加藤海運本社ビル。築年、設計者は不明。昭和初期の建築と推定されている。アールの窓からは海を見渡せる設計。今回の取材では最後にアンテナに引っ掛かった建物だ。外観だけだがここは見ることができてよかった。
公開:2026年9月30日
【プロフィール】
安川千秋(写真家):
1950年 横浜市生まれ。1974年 中央大学商学部卒業 株式会社住宅新報社入社 「住宅画報」編集部勤務。1986 年 写真家として独立。日本写真協会会員。日本建築写真家協会会員。
著書に写真集「ロストロフト 横浜-横須賀-芝浦」カンゼン「倉庫 横浜・横須賀」ワールド・フォトプレス「風景の棲む場所」コダックフォトギャラリー、 共著に「横浜の土木遺産」「横浜の近代建築1」「横浜の近代建築2」横浜市発行「新・横須賀の歴史」横須賀市発行。
個展 1986年「ヨコハマ・ベイサイド」新宿ニコンサロン 1995 年「BAY YARD 横浜大黒埠頭」銀座コダックフォトサロン 2002 年 「沈黙の丘 横須賀長井ハイツ」銀座コダックフォトサロン 2025年「LOST LOFT 失われた倉庫を求めて 横浜-横須賀-芝浦」リソーコギャラリーなど。グループ展多数。
ロストロフト 横浜-横須賀-芝浦
https://www.kanzen.jp/book/b10133651.html