1997年 早稲田大学理工学研究科修士課程終了
1999~2001年 文化庁派遣芸術家在外研究員としてMVRDV在籍
2005年 吉村靖孝建築設計事務所設立
ビヘイヴィア(人間の振る舞い、気配など内部的条件)とプロトコル(法規、経済など外部的条件)をキーワードに、両者を融合させる建築を目指している吉村靖孝氏。2012年度第25回日経ニューオフィス賞「推進賞」など数々の受賞歴を持ち、今最も注目を集める建築家の一人だ。吉村氏に建築のテーマ、各作品の意図、倉庫リノベーションの可能性について聞いた。(敬称略)
出村:2012年に吉村先生は、『ビヘイヴィアとプロトコル』(LIXIL出版)を出版されています。また、他のご著書でもこの2つの言葉は繰り返し使われていますが、具体的にどのようなことを指すのでしょうか。
吉村:ビヘイヴィアとは、人間の姿勢、気配など繊細な動き、建築を形作る内部的な条件を指しています。また、プロトコルとは、経済状況、建築関連法規など建築の外部的条件のことです。最近の建築では、この2つの条件がかけ離れすぎている気がします。私は、人間の振る舞いを豊かにするために、外部条件をもっと積極的に利用して両者を融合させるのが理想ではないかと考えています。
出村:先生が、2012年に手掛けられた倉庫リノベーション、TBWA博報堂増床オフィス(東京都港区)ですが、この作品におけるビヘイヴィアとプロトコルはどういったものになりますか。
吉村:プロトコルの視点からすると、倉庫をめぐる経済的な状況が関係していると思います。この空間は、もともと倉庫でしたが、周辺の変化から倉庫としての利用は厳しくなっていました。それがディスコに転用されたのが、第1世代のリノベーションです。今回はそれをオフィスに転用しました。空間的に関連の薄い用途への転用を私は、第2世代のリノベーションと呼びました。
また、倉庫は窓がない空間ですが、人間が窓のない空間で働くのはつらい。ビヘイヴィアの視点から考えたとき、そこに手を加える必要がありました。そこで、NASAが暗い宇宙空間で照明によって、人間の体内リズムを調整していたという話をヒントに、「スカイグリッド」と名づけた照明を導入し、朝~晩の時間に合わせて、照明の照度と色温度が自動的に変わっていくシステムを取り入れました。倉庫がオフィスに転用されたことで、周辺の人の流れも変化しつつあると感じます。
出村:中川政七商店(奈良県奈良市)の新社屋兼倉庫デザインに続き、旧社屋の増築・リノベーションも手掛けていらっしゃいます。こちらは古い事務所兼倉庫をリノベーションすることで、地域の雰囲気を変えた事例です。
吉村:旧社屋は卸業の倉庫街にあり、壁で閉ざされた事務所兼倉庫でした。しかも、構造計算書が残っていなかったので、構造に手がつけられなかった。そういった条件を乗り越えるために、考え出したのが、旧社屋の前面道路側に2m×20mの平面を持つ薄っぺらい建物を建てることでした。その増築部分に水周り(トイレやキッチン)や縦動線(階段、ダムウェータ)をつめこみました。主たる執務空間は依然壁の中ですが、増築部分の前面をガラス張りにすることで、休憩にやってきた社員のアクティビティやビヘイヴィアが、ファサードに現れ、活動的な雰囲気を建物に与えています。
出村:旧社屋の歴史、記憶を保ちつつ、新たな命を吹き込みました。
吉村:新築にはないリノベーションの良さとは、建物の持つ記憶を活かせることです。どんな建物であっても、その建物を使ってきた人にとっては歴史がある。もちろん、インテリアでそういった歴史に関わることもできますが、建築の外観が周辺に与える影響は大きい。外観にさわることができれば、地域全体に新たな力を与えられる可能性が出てきます。この作品では、機能をうまく整理して、前面のガラス張りの外観をつくり、そこから同社の活動が窺えるよう配慮しました。
出村:コンテナ建築にも取り組まれています。
吉村:ベイサイドマリーナホテル横浜(神奈川県横浜市)では、「建築を輸入する」ことに挑戦しました。建築物は大きいですが、海運コンテナの規格に従えば、コンテナ船に直積みして輸出入できます。タイで内外装を仕上げたコンテナ・ユニットを日本に輸入しましたが、現場では積み重ねて設備をつなぐだけです。建築の流通やコストあるいは法規的な条件、つまり私がプロトコルと呼んだ外部的な条件をうまくつかうことで、新しいかたちのホテルが出来たと思います。
出村:同じ横浜で、「レッドライト・ヨコハマ」プロジェクトに参加されています。
吉村:かつて青線地帯であった黄金町は横浜のダーティな記憶です。横浜開港150周年に合わせ、アーティストの力を借りて建物や街の雰囲気を変えようというプロジェクトに参加し、かつて違法風俗店だった建物をリノベーションしました。レッドライトというタイトルは、補色残像効果を使って、脳裏に一瞬だけ赤いネオンサインの記憶をよみがえらせるというアイディアから名付けています。クリアランスの波に乗って、すべての記憶を消すような開発をするのではなく、どこかで記憶につなげるような設計に取り組みました。
出村:お話を伺う中で、ビヘイヴィアとプロトコルの哲学が先生の建築を形作っているのが伝わってきました。今回伺った以外の作品もぜひ見てみたいと思います。今回はありがとうございました。