山形県鶴岡市。駅から続く通りを10分ほど歩いた街なかに、小さな映画館がある。小さいとはいえ延床面積1558㎡の館内に4スクリーン437座席を擁し、2010年のオープン以来、最新作を中心に話題作、映画史に残る名作までを連日上映している。シネマコンプレックスを名乗っても異議は出そうにないが、切妻屋根の外観だけは映画館らしくない。「鶴岡まちなかキネマ」は、昭和初期に建てられた工場をリノベーションした映画館なのである。
映画館への改装にあたっては絹織物工場として使われていた切妻屋根の建物2棟を渡り廊下でつなぎ、1棟にはエントランスホールとドリンク・フードコーナーに小スクリーンのホールを2室、もう1棟には大スクリーンのホール2室とベーカリーショップを設けた。
エントランスホールに入ると、屋根を支える木製三角トラスの連続が目に付く。雪の重みに耐えるためか、トラスの間隔は雪の降らない地域のものより狭いという。改修を担当した建築家の高谷時彦氏は「太さのある杉の丸太をこれだけ大量に使用したトラスは類がなく、建築的にも貴重なもの」と語る。木製のトラスが規則正しく並ぶ姿は力強さとともに暖かさも感じさせるが、2006年に工場が閉鎖されるまでは屋根裏に隠れていたという。長年にわたって建物を支えてきたトラスは、今では映画館のシンボルとなっている。
鶴岡まちなかキネマを生んだのは、街に賑わいを取り戻したいという地元の人々の思いだ。
「鶴岡の中心市街のすぐそばに位置する工場跡地を活用できないか」
「映画館」という回答は、地元の民間企業などが出資して設立された町づくり会社「まちづくり鶴岡」がさまざまな検討をすすめる中、あえて選んだものという。シネマコンプレックスといえば、郊外型のショッピングモールの核のひとつ。それを街中に回帰させたのは何故か。
工場跡地に希望するものとして寄せられた声は、不思議なことに収斂していった。「年齢性別に関わらず人が集まれる場所になること」、「『買い物』ではなく人が楽しむ時間を過ごせること」、そして「地元の資源を活かすこと」。
鶴岡は作家・藤沢周平の生誕地であり、「たそがれ清兵衛」をはじめとする映画化作品の舞台にもなっている。郊外には大規模な映画のオープンセットもあり、映画が文化として根付いていた。こうしたファクターを考慮していくと、映画館という選択は当然の帰結だったのかもしれない。
「館内のアナウンスはスピーカーではなくスタッフが直接声をかけ、子供向けの映画は消灯せず薄明りのまま上映しています」。鶴岡まちなかキネマを運営する「まちづくり鶴岡」の木戸裕社長のまなざしは、どこまでも暖かい。
町の発展という夢を見せた建物は今、映画という夢を見せている。
写真:小川泰祐
鶴岡まちなかキネマ
山形県鶴岡市山王町
http://www.machikine.co.jp/