青果や水産物などさまざまな食品を扱う京都市中央卸売市場。その中ほどに立つ「河岸(かがん)ホテル」は、青果を扱う商社の倉庫兼社員寮をリノベーションして誕生した。ホテルを名乗るが、その名称に収まきりらない役割と魅力が秘められている。
鉄筋コンクリート造の建物は、地上5階地下1階の6フロア。もともとは地下が倉庫で、地上階が女子社員用の社員寮、一部に事務所がおかれていたという。整然とならんだアールサッシの窓には、せわし気に市場内を行きかう人々の姿が映る。
1階がフロントとカフェで、一般用の客室は4~5階の2フロア。ホテルを称し、もちろん泊まることができるが、宿泊機能はこの建物が果たそうとしている役割のごく一部でしかない。リノベーションのコンセプトは「若手現代アーティストと世界を繋ぐ滞在型複合施設」。ホテルというよりは、アーティストが活動するための空間に泊まることができる場所、というほうが正しいかもしれない。
1階にはギャラリーにもなるイベントスペースが設けられ、2階はアーティストやクリエイター向けのドミトリーとアトリエ。3階は制作活動をしながら長期滞在するアーティストのためのアーティストインレジデンス。地下1階の旧倉庫部分は天井高4mもの空間を持つ共同アトリエと、内部はアーティストのために設えたといっていい。館内にはそこかしこに作品が展示され、5階の客室は好きなアーティストの作品を鑑賞しながら過ごすことができる。イベントや展示会なども企画され、建物全体でアーティストと人々との繋がりを提供してる。
入居するアーティストは施設の運営にも関わることができ、ホテルの客室対応やギャラリーの展示なども行う。アーティストインレジデンスは常時満室で、常に数組が入居を待つ。設備の充実もさることながら、人々との繋がりが得られるという点も人気のようだ。
そんな河岸ホテルの成り立ちを、広報の間瀬春日さんは「単にアートをつくるだけでもなく、見るだけでもない。アーティストと人々が一緒になってアートを感じ、さらに新しいものを生み出せるような、そんな場をつくりたかったんです」と話す。
間瀬さんは作品の創作を行うアーティストとして入居し、運営にも携わっている。河岸ホテルは、制作活動を通じて地域と繋がり、宿泊客と繋がり、世界と繋がる。そんなアート活動を実践することができる、貴重な場でもあるのだ。
アートと人々の繋がりというコンセプトを満たすためにも、市場の中ほどという立地は絶妙だという。
「市場ですから、ホテルのまわりも夜明け前からターレットが走り回っています。そんな活気のなか、制作に取り組む没入感が心地いい」と話す間瀬さん。さらに、「早朝や深夜に、大きな音をだして制作することもできる」という意外なメリットも。
市場で働く人たちがカフェを利用したり、入居するアーティストが市場の賑わいからインスピレーションを得たり。市場内にアートや宿泊施設を持ち込むことに反発もあるのではないか。そんな懸念も払しょくされ、今ではすっかり街に受け入れられているという。市場とアートは、実は親和性が高いのかもしれない。
青果と社員を納めていた建物には今、その容積以上のモノやコトが詰め込まれている。
河岸ホテル
京都市下京区朱雀宝蔵町99
https://kaganhotel.com/