業平橋から発し、多くの川を加えながら曲折して隅田川にそそぐ大横川。その両岸には、かつて多くの工場や倉庫が軒を連ねていた。運河としての役割を果たしてきたこの川も今では部分的に暗渠となり、流れの跡に整備された「大横川親水公園」がその名残を感じさせている。
大横川親水公園に面して立つ「ささやカフェ」は、2013年のオープン。「野菜を楽しもう!」がコンセプトのオーガニックカフェで、メニューは動物性のものを一切使わないヴィーガンフードが中心。飲み物やマフィン、スコーンなどの軽食から、カレーやサンドイッチといった食事も提供している。
「ささやカフェ」が立つ「すみだパークプレイス」の街区は、水あめ製造業「ささや」の工場跡地だ。敷地内には劇場や芝居・ダンスの稽古場、ギャラリーなども設けられており、カフェにもイベントスペースが併設されている。「すみだパーク」の名は、これらの施設を含んだ街区全体の愛称でもある。
カフェとなっているのは昭和40年代に建てられた倉庫をリノベーションした建物で、背の高い切妻屋根が2棟連結した建物が印象的だ。1782年に日本橋で創業した「ささや」がこの地に移転し、戦後倉庫業に転換してから貸し倉庫として使用していた。カフェの名前には、そんな歴史も受け継がれている。
テーブルが並ぶ店内は明るく開放感があり、倉庫の雰囲気はあまり感じさせない。とはいえもとは人の滞在を前提としていない建物だ。「電気やガス、水道を引くのが大変でした」と話すのは、リノベーションを担当したアンドロッジの代表・畑山慶氏。改装にあたっては、バリアフリーも兼ねて床を50cmほどかさ上げし、配管を埋設。ガスはプロパン。トイレは独立した建物を倉庫内に建てるような構造として、飲食店への用途変更を実現した。
なかでもこだわったのが、公園からのアプローチだ。実は前面の大横川親水公園は、公園であるとともに法律上は河川あつかい。一定以上の高さの堤防を設けなければならず、しかも公園に出入口を設けるなど通常では認められない。畑山氏は語る。「それでもファサードは公園側に向けたかったんです」
折しも業平橋のたもとにスカイツリーが開業し、公園を通る回遊者の増加が見込まれていた。行政とも、カフェの存在が公園の魅力向上につながるいう認識が一致。店内のトイレを公園利用者に開放することなどを条件に、カフェが「公園の一部」として認められることになったという。
切り立った堤防は劇場の客席のような階段に生まれ変わり、スロープも設けた。やがて、散歩中にちょっと立ち寄ったり、ランチを楽しんだりする人が増えると、近隣の子供や高齢者が中心だった公園の利用者層も少しづつ変わってきたという。
かつて水運が盛んだったころ。大横川沿いの建物は、ほとんどが川におもてを向けていた。やがて物流の主役が陸運に変わると、道におもてを向けるようになった。そして今、公園となったかつての川には、船ではなく人が行き交っている。
「いつか、まわりの建物も公園の方にファサードを向けるようなったらおもしろいですよね」。「ささやカフェ」を運営するベルモックの篠原要マネージャーは、公園に目を向けながら話す。
水あめ工場だった一画は、今ではアートやカルチャーの集積地として注目されつつある。その視線は、きっとかつての川にも向けられるはずだ。
ささやカフェ
東京都墨田区横川
https://sasayacafe.com/